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伝えたい話・残したい話

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2017/02/20(Mon) (第2403話) 家族全員に寺さん MAIL 

 “受験シーズンになると思い出すことがある。今から十数年前、息子の大学進学が決まった時のこと。あちこちから「おめでとう」のメッセージが届くものの、なかなか実感できずにいた。緊張が解けて放心状態になっていたのだろう。そんな中、義妹がお祝いにホールケーキを持ってきてくれた。早速開けてみると、まあびっくり。そこには家族全員のファーストネームが。飾り付けの間に、四つの名前が並んでいた。すかさず義妹が言った。「家族全員におめでとうだから。だって家族みんなで頑張った結果の合格だものね」。そうそう、本人はもちろん、家族も同じくらい結果が出るまで張りつめた日々を過ごしたのだから。
 受験生に風邪を引かせてはならぬと細心の注意をはらっていた親の方が風邪を引いてしまったこと。家にじっとしていられず、寒い中お百度を踏むかのように毎夜歩き続けたこと。いろんなことが、今では義妹の思いがけないお祝いとともに、懐かしい思い出に変わっている。
 今、受験生として懸命に頑張っている方々、そしてその家族に心からのエールを送りたい。無事にこの関門を突破して欲しい。”(2月5日付け朝日新聞)

 鹿児島市の主婦・蒲ヶ原さん(66)の投稿文です。大学合格に、本人ばかりでなく家族全員におめでとうを言う。良い配慮と感心する。こういう心配りは大切だ。それが嬉しくてこういう投稿にもなるのである。ボクの孫は昨年高校に入学した。時折娘が来て、その生活やこれからの大学受験について話していく。今の時代の大変さを知る。蒲ヶ原さん宅も家族全員がいろいろ協力されたであろう。その結果の合格であり、おめでとうである。娘宅もまもなく始まるであろうか。孫はまだ英会話教室へ通い、この春休みに外国へホームスティーをしたいといっているので、まだまだ入試体制には入っていないようだ。
 たかが大学入試に、一生の一大事とばかりに家族も巻き込んで総動員体制というのも何かおかしい気がするが、それが日本の現実であろう。本当は入学後であり、卒業後である。ボクの人生を振り返って、大学名がすべてではなかったと思う。




2017/02/18(Sat) (第2402話) 雪の神様寺さん MAIL 

 “珍しく初雪が降った昨年の11月、スーパーヘ買い物に行った。レジの長蛇の列にうんざりして、ふと「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ・・・」と、受験で覚えた三好達治の詩「雪」を口ずさんだ。すると後ろに並んでいた女性が、すかさず「次郎の屋根・・・」とつぶやいたので、顔を見合わせて笑ってしまった。
 一緒に店内のイートインコーナーでコーヒーを飲んだ。年代が同じなので、受験勉強はつらかったけど高度成長期の日本は元気だったこと、輝くような青春時代が広がり、楽しさいっぱい夢いっぱいだったことなど話はぽんぽん弾んだ。「誘ってくださってありがとう。とっても楽しかったわ」とお礼を言われ、私も「じゃあまたね。話の続きは次回のお楽しみに」と帰路についた。ふんわりと雪をかぶった街並みの美しさ、久しぶりに心のうちを話せた高揚感。また会えるだろうと思い、連絡先は交換しなかった。
 近くのスーパーだが、その後はお目にかかれていない。公民館、サークルとアンテナを張っても、いつも空振り。縁があればまた、雪の神様が引き合わせてくれることでしょう。”(2月2日付け朝日新聞)

 神奈川県藤沢市の主婦・水口さん(74)の投稿文です。全く見知らぬ人がちょっとしたきっかけでコーヒーを一緒に飲む、誰とも気楽に話しすぐに友達にしてしまう。これだから女性はいつまでも達者だ。本当に感心する。その点男はダメだ。なかなか気楽に話しかけられない。再び会っても素っ気なくしてしまう。これでは友達を増やすのは難しい。今週1泊2日のツアーに1人で参加した。1人参加は女性6人、男性3人であった。見ていて全く雰囲気が違う。また女は話し始めたら切りがない。先日も妻が朝9時頃、知人数人と会うために出かけていった。帰って来たのは2時近く。当然昼食をしてきたと思ったが、話ばかりしていてまだだという。あきれてしまった。長生きできる訳だ。女性の会話はたわいもない話の中に、時折役立つ話が少し出る。男性の会話は必要な話のみで終わってしまう。無駄話が少ないから続かない。時間がないときはそれでいいが、有り余る時間があるようになったらもっと会話を楽しむようにしてもいい。いや、それが必要である。ボクも今までは会社へ行っていて、話す機会も多かった。退職したら一挙に減る。まさに自己改革の今年である。




2017/02/16(Thu) (第2401話) 松刈り奉仕寺さん MAIL 

 “私の知り合いに心臓にペースメーカーを入れて15年になり、そのほかにも病気を抱えながら、毎年地区の神社の松刈りを4日がかりでされている方がいます。もちろん一人で奉仕です。いつも声掛けして下さる方なので時折お茶うけを持って行きます。
 その方のおっしゃる言葉にいつも感銘を受けて帰って来ます。朝鳥居をくぐる時は今日も無事に仕事をさせて下さいと頭を下げる。20数年奉仕をさせてもらえる事に感謝をしながら松を刈る。そして仕事が終わったら今日も元気に仕事を終えた事に感謝を。大仕事を全て終わった日は来年もどうか元気で松を刈らせて下さいと神様に御願いをして帰るのだそうです。
 町民の方々の中には神社費から日当を支払っていると思われている方が大半だそうです。奉仕するに当たり宮世話さんに奉仕とは絶対に言わない事を前提にさせてもらっているとのことです。手弁当でお茶持参の心いきにいつも頭が下がります。見返りを求めず今年も元気で奉仕をさせていただけた感謝の心が満ち溢れて、今年齢80になられどうかいつまでも元気で今年も氏神様の松を守ってやって下さいと祈っています。”(1月31に付け「話・話」コメント)

 1月31日付けの「話・話」に、はなみずきさんが長いコメントをつけて下さった。紹介したい話と思って、了解を得てここに1話として書くことにしました。
 今80歳、20年も前から神社の松の剪定を1人で自発的にされたきた。更に無料奉仕と言うことを悟られないような配慮もされている。そしてすべてに感謝、感謝である。自分とほど遠い心の持ち主だけに、びっくりするほど感心するが、こういう人は思っている以上に多いのかもしれない。神社や寺院の整備や行事の維持はほとんど多くの人の無料奉仕によってされている。考えてみれば、ボクの檀那寺の境内の花は1人の人がしている。春には春の、夏には夏の花を植えておられる姿を見る。御華束作りも無料奉仕である。多くは役員や年行司になった時に、慣習として義務的に奉仕している。でもこのように自発的な人もある。この違いは大きい。義務は負担であり、自発は喜びである。同じように見えても全く違うのである。どうせするなら喜んでやりたい。




2017/02/14(Tue) (第2400話) やって後悔寺さん MAIL 

 “人生の最初で大きな選択は、将来、どんな職業を目指すかであることが多いだろう。私は中学校の在学中、大学進学に少しは関心があったが、わが家の家計を鑑みては言い出せなかった。工業高校へ入り、関東地方の電機会社に就職した。
 入社して二年ほどのころから、この仕事をこの会社でしていていいのか、疑問を持つようになった。当時、転職するのはわがまま者、我慢できない者と言われていた。親も大企業に入って安心し、転職には反対するだろうと思った。それでも大学へ行きたかった。金をため、時間がある時は参考書を開いて格闘した。職業を変更するために費やすエネルギーは大きい。本当に後悔しない変更なのかは分からない。
 やはり父は反対したが、母が父を説得してくれた。母の優しさとありがたさを痛感した。不安があっても、やらずに悔いるより、やって後悔した方がよいと思った。大学生活は貴重な年月になった。”(1月29日付け中日新聞)

 岐阜県羽島市の渡辺さん(男・65)の投稿文です。この投稿文で言いたいのは「やらずに悔いるより、やって後悔した方がよい」の一言である。どうせ生きていく人生である、いろいろやってみればいい。やることは希望が増えるし、道も開ける。しかし、これも言うに易し、行うに難しである。迷うようなことを、すいすいと手を出すことはなかなか出来ることではない。失敗した後が怖いのである。特に失うことが多いものについては難しい。内容、歳、状況等いろいろな総合的な判断が必要である。でも迷い始めたら進まないこともある。渡辺さんは若かった。失敗しても十分に取り返しがついた。
 またやらない多くの理由は怠惰である。することが面倒である。良いことと思っても、やらなくて済むことはやらない。多くの場合はこれである。高齢になればほとんどがこれである。ボクなどまさにこれだ。もうまもなく本当にできなくなる。今やらなくていつするのだ。今年はこの気持ちで行こうと思っている。いろいろ挑戦しやすいのはやり直しのきく若者と失うものの少ない高齢者であろうか。




2017/02/12(Sun) (第2399話) 老木に自分を重ねる寺さん MAIL 

 “大空に向かって存分に枝を広げたその威容で、地域のシンボルだったクスノキの大木が、あんなに切って大丈夫なのかと思うほど大きな枝ごと切られ、裸同然になった。聞けばかなりの老木で、樹木医の診断ではこのままでは倒れるのを待つだけだったとのこと。わずかな葉っぱをつけただけで、さみしそうに立っていた姿を思い出す。
 それから2年、老木は季節がかわるごとに枝葉を増やし、今では枝の長さこそまだ以前には及ばないものの、密集した葉に覆われて隆々とした若々しい樹勢を保っている。まさに生まれ変わった感じである。樹木医の見立ての正確さと木の持つ強靭な生命力に驚く。
 定年後、職場以外の社会との折り合いの付け方に戸惑う人は少なくない。だがこの老木に、現役時代の地位、人脈、しがらみをきっぱりと捨て、生き生きと新しい人生を送っている退職後の元サラリーマンの姿を見る思いがする。
 第二の人生をスタートするにあたり、それまでに身につけたものを捨てれば捨てるほど、新しいものが身につくということか。退職したわが身に重ね合わせ、近くを通るたびにこのよみがえった老木を見上げている。”(1月29日付け中日新聞)

 埼玉県志木市のアルバイト・皆川さん(男・69)の投稿文です。老木の若返りに自分の生き方を重ねられた皆川さん。上手に解釈されたと思う。男の退職後がうまくいかないことに、いつまでも現役時代の肩書きを引きずっているからと言われる。現役時代の肩書きは組織があってのことである。組織を離れたらその肩書きが何の価値もないと理解しなければいけない。大きな取り柄のある人ならそれも簡単だが、組織に頼ってきた人はなかなかそうはいかない。それを取り外したら一からのスタートである。でも取り外さねばいけない。昔の自慢話をいつまでも言っていては誰も寄りついてこない。取り外したら人も寄ってきて新たなものが身につくのである。皆川さんは老木の蘇りからそれを理解されたのである。
 ボクの再就職も、以前の組織や肩書きがものを言っていたと思う。それも今年7月に完全に終わる。いよいよ身ひとつになる。今までの組織や肩書きを自分から語ってはならない。この話を忘れてはならない。




2017/02/10(Fri) (第2398話) 「おいしかった」は最強寺さん MAIL 

 “久々に訪れた居酒屋で「ごちそうさま。本当おいしかった!」という声が聞こえました。支払いをしながら若い女性が店員に話し掛けていました。続いてレジに並んだ夫もつられたように「ごちそうさん。おいしかったよ」と言うと店員は顔をくしゃくしゃにして喜んで、こちらまでうれしくなりました。
 その前、日帰り入浴に行き、その宿でのご飯が絶品で米の銘柄は何だろうと思いました。隣のテーブルにいた女性も私と同じだったようで、宿のスタッフに「おいしいお米ですね。産地はどこですか」と尋ねていました。スタッフは、こぼれるような笑顔で応対していました。
 私も支払いの際、「ごちそうさま」は言うようにしていますが、なかなか「おいしかったです」とは言えません。ですが、「おいしかった」は提供する側が喜ぶ最強の言葉なんだと改めて感じました。今年は「おいしかった」をたくさん言おうっと。”(1月24日付け中日新聞)

 愛知県愛西市の主婦・日比野さん(59)の投稿文です。何気ない一言がこれだけ人を喜ばすのか、改めて知る一話である。ボクも外食したとき、日比野さんと同じように近くにいた店員さんに「ごちそうさま」は必ず言っていると思う。でもこの一言である。もう一言足りなかったのだ。その時の気持ちをもう一言足せばいいのだ。是非心がけたい。
 仕事とは言え、料理を作るというのは本当に大変である。あまりテレビを見ないボクではあるが、「カンブリア宮殿」や「ガイアの夜明け」はほとんど録画して見ている。堅い番組であるが、食物に関する話が非常に多い気がしている。作物を作る、魚を捕るから始まり、料理して口に入れるまで食に関する仕事は多いのである。最終目的はおいしく口に入れることである。料理はその最終作業である。最終作業の出来不出来でおいしさは違ってくる。生産者の評価もここにかかっているのである。「おいしかった」などキチンと料理の評価を伝えたいものだ。




2017/02/08(Wed) (第2397話) 夢寺さん MAIL 

 “「難しい質問だねえ」。昨年末に会った映画監督山田洋次さん(85)は、そう言って沈黙した。「夢」をテーマに一時間余、インタビューした。その最後に「毎日が苦しくて、夢を持てない人にアドバイスを」と尋ねた。事前に連絡した質問事項には入れていなかった。沈黙は1分ぐらいだろうか。そして「こういうことかな」と、映画「男はつらいよ」の第39作「寅次郎物語」(1987年)のワンシーンを語り始めた。
 寅さんのおい満男は大学受験で悩み「おじさん、人は何のために生きているんだろうか」と問う。寅さんは「何て言うかなあ、ほら『ああ生まれてきて良かったなあ』って思うことが何べんかあるじゃねえか。そのために、人間生きてんじゃないのか」と答えた。
 「男はつらいよ」シリーズ全48作のほとんどは山田さんが監督した。脚本もそう。寅さんのせりふは山田さんの言葉でもある。寅さんは「寅次郎物語」で「難しいこと聞くなあ」とちょっと考えてから、満男に答えている。30年前と同じ難しさの中から紡ぎ出された言葉は、時代を超えた人生訓だと思う。全ての皆さんにささげたい。”(1月22日付け中日新聞)

 「世談」という記事からです。「人は何のために生きているか」問われてすぐに答えられる人は少なかろう。ボクなどは「産まれてきたから生きている、死ぬ訳にいかないから生きている」と言うくらいがせいぜいであろう。そしてせいぜい言って「生きねばいかないなら活き活き生きよう」という位である。ここで活き活き生きるとは、今のボクの場合、楽しく生きる、ということにすぐには繋がらない。まず世にあって価値のある生き方となろう。それは家族のこともあり社会のこともあり誰か一人の場合もある。それができたと感じられるとき『生まれてきて良かったなあ』って思えることになる。「良かったなあ」と思えることは人によって、その時によって違ってくる。寅さんが言い山田洋次さんが言われる『ああ生まれてきて良かったなあ』ということは、真理である。
 映画「男はつらいよ」はバス旅行の車内ビデオの定番であったときがある。誰もが楽しんでみられるからである。でも面白い、楽しいだけではなかった。何か一言、一動作に心に響くものがあったのだ。だからあれだけ誰にも好まれたのであろう。山田洋次監督はすごい。




2017/02/06(Mon) (第2396話) 愛車卒業寺さん MAIL 

 “昨年の夏、実家の両親が愛車を手放しました。父は75歳、母は71歳。そろそろ運転をやめたらどうかと、私は何度となく話して来ました。その度に、両親から何か大きなものを奪ってしまうような申し訳無い気持ちと、これまで大きな事故を起こすことなく来られたことに感謝をして、優秀な成績で卒業証書を受け取って欲しいという願いのはざまで、心が苦しくなりました。
 そして今考えると、両親も同じように悩み苦しんでいたことでしょう。車検の時期が近付いたのを機に、自分たちで決断をしてくれました。ただ単に車を手放すという事実だけではなく、そこには自分の人生と向き合う覚悟が必要であったと思います。
 今では公共の乗り物を活用し、ウォーキングを楽しむ姿もみられるようになりました。私はそんな両親を誇りに思います。子どもの頃から、よくドライブに連れて行ってくれたこと、この先もずーっと忘れません。手放す前、最後の思い出にと両親とドライブした日、晴天の夏空がとてもすがすがしく感じられました。卒業おめでとうございます。そして今までありがとうございました。”(1月24日付け朝日新聞)

 北海道函館市の会社員・湊さん(女・37)の投稿文です。車を手放すというのは易しいことのようですがですが、難しいことです。多くの人に大きな生活の変化を起こします。不便になります。事故でも起こせばその気になるでしょうが、その時では遅いのです。最近は高齢者の事故を多く聞きます。ボクも手放すのはいつだろう、ふと思ったりします。湊さんのご両親は75歳と71歳です。妻もこの文を読んだとき、この歳では無理だろうな、とつぶやいていました。湊さんのご両親は運転免許はどうされたのでしょうか。返納されたのでしょうか。ボクの知人で、接触事故を起こし、その機会に車を手放した人がいます。でも1年もたたない内にまた購入しました。不便でたまらなかったようです。運転免許まで返納しないとなかなか難しいということでしょう。先日は友人が事故を起こしこの機会に廃車するといった。さてどうなるのでしょう。
 ボクの場合はその時の活動状況が大きく左右するだろうと思っています。ただ自分の生活をするだけなら、自転車でかなりの用が足せるので何とかなっていくでしょう。でも、社会活動をしていたら出る機会も多く、範囲も広く、時間の制約等もあり、車はなかなか手放せない気がします。マア、社会活動ができないときはもう体力も知力も弱っているから、簡単に手放せるでしょう。ボクは今まで無事故無違反です。それまで安全運転で行きたいものです。




2017/02/04(Sat) (第2395話) ギンナン寺さん MAIL 

 “知り合いの方から、ギンナンを百個ほどいただいた。キッチンばさみの柄を使って殼を割り、茶色い薄皮をはがしながら、大学生のころを思い出した。
 友達の家に泊まりに行った日のこと。その日の夕食は彼女のお父さんが腕をふるってくれた。「お客さんだから座ってていいよ」と言われたが、台所をのぞきに行くと、彼女がギンナンの薄皮を難儀そうにむいていた。
 すかさず私は、「その皮はね、こうするといいんだよ」と友達に言った。鍋に少しの水とギンナンを入れて、火にかけながら数本の箸で転がし始めた。徐々に薄皮がはじけていき、さらに転がすこと数分、きれいに薄皮はめくれたのであった。「ほら、ね」「すごいね」勉強は彼女の方が数段よくできたが、その日はギンナンの皮むきひとつで私は得意になった。
 普段、台所のことなどはほとんどしなかった学生時代だったが、幼いころ、家で母にギンナンの皮むきを頼まれたことが生かされた。薄皮をむかれてつやつやになった百個のギンナン。茶わん蒸し、飛竜頭(ひりょうず)、そのままいって塩でも・・・。さて、どう料理しましょうか。”(1月21日付け中日新聞)

 愛知県弥富市の薬剤師・中山さん(女・49)の投稿文です。ギンナンの薄皮を綺麗にむく方法を母親の仕方で覚えていた。それを友達に教えた。こうして生活の知恵が受け継がれていく。小さな事例ですが、大切なことです。今は生活様式の変化も大きく、なかなか昔の知恵が生かせません。また親子であっても、伝える機会が少なく伝わりません。もったいない気がします。
 中山さんはこのことで、優秀な同級生に少し得意になることができた。たわいも無いことかも知れませんが、今でもこうして思い出されているのです。これは意外に大きなことかも知れません。走ることが速い、歌うことが得意、何か一つでも誇れることがあると、気分はグンと明るくなります。
 ボクはこの文で飛竜頭(ひりょうず)という言葉を懐かしく読みました。最近では聞いた記憶がありません。妻も知りませんでした。「がんもどき」のことです。母がよく使っていたのです。ここにも伝達がありました。




2017/02/02(Thu) (第2394話) 家庭で血圧測定寺さん MAIL 

 “(前略) 43年前にライフ・プランニング・センターを設立した際、「よりよく生きるために、医師や病院任せではなく、自分の健康に主体的に関わる」という理念を掲げました。当時、日本人の死因の多くは脳卒中や心臓病で、高血圧はその最大の危険因子でした。背後には塩分の多い食事習慣などがありました。ならば、家族の食事づくりを担う主婦の皆さんに、血圧の知識をもってもらい、塩分の少ない食事を作ってもらおう。血圧の正しい測り方を知ってもらおう。そう考えて、一般の人たちへの血圧測定指導を始めたのです。当時は「血圧測定は医療行為だから、医師が測るべきだ」とされ、私は厚生省(当時)から、素人に血圧を測定させるのはよくない、と注意を受けたこともありました。
 正しい血圧値を知るためには、同じような条件下で長期にわたって変化を見なければなりません。朝忙しい時、夫婦げんかの後、寒い日、肩がこっている時。状況が少し進うだけで、血圧値も大きく変動します。体温や体重と同じように、血圧も自宅で習慣的に測っていく必要があるのです。(後略)”(1月21日付け朝日新聞)

 聖路加国際病院名誉院長の日野原重明さんの「105歳、私の証あるがまま行く」からです。この欄を活用させてもらうのは始めてでしょう。この文を読んで気が惹かれたのは、もう43年前に「医師や病院任せではなく、自分の健康に主体的に関わる」ということを提唱されたと言うことと、「厚生省(当時)から、素人に血圧を測定させるのはよくない、と注意を受けた」ということです。この2点は今では当たり前のことです。特に後者には驚きました。そんな時代もあったのかと知りました。今でも医療行為ということで、規制されていることは沢山あるでしょう。人間の健康、命に関わることだけに難しい判断もあるでしょう。すべて医師の行為としておけば間違いは少ないでしょうが、それは現実的ではありません。病院に行けば半日がかり、1日がかりになってしまいます。返って病院に行かなくて手遅れになることが多くなるのではないでしょうか。こうした問題は権益にとらわれることなく誠意を持った判断をして欲しいものです。時代は本当に変わるものだと言うことをこんなことでも知りました。
 それにしても日野原さんは105歳で医師として現役というのは何者でしょうか。もちろん希有の人ですが、人間です。人間の可能性はすごいものだと唸ります。




2017/01/31(Tue) (第(2393話) 桜の木寺さん MAIL 

 “葉をすべて落とし、丸裸になって一年の役目を終える桜の木。つぼみを膨らませ、寒い冬から、ピンクの花をつけ暖かい春の訪れを知らせてくれ、人々の心まで温かくしてくれます。夏には緑の葉を広げ、日陰を作り、涼しい風を運んでくれます。秋には紅葉し、人々の目に安らぎをもたらして役目が終わります。
 花びらが散り、葉を落とす。このころは学校の前の道路一面を汚して、私に仕事を与えてくれます。生徒たちが登校してくる前に、きれいな道路にしておきます。年々、目覚めが遅くなり、清掃にも時間がかかってきています。ありがたいことに、暑くなる前に、花びらが散り、北風が吹く前に葉をすべて落としてくれます。若く元気なころは、やっかいで迷惑な木と思って過ごしてきました。でも、年を重ねた今は桜の木を見上げ、何といとおしい、人に優しい、と感謝して暮らしております。
 丸裸になった枝に、小さな小さな花芽が寒い北風に吹かれています。暖かい春を運んできてくれる準備をして、頑張ってくれているように見えます。新しい年。今年も桜の木に元気をもらい、健康で清掃できますよう願っています。満開に咲く日を楽しみに。”(1月17日付け中日新聞)

 名古屋市の主婦・島田さん(71)の投稿文です。裸木から芽を出し、花が咲き、葉が出て紅葉になり、また落ちる、このような桜の1年をよく観察されていることと、情緒豊かなこの文書力に感心します。その時々に役に立つことがあり、気持ちも和やかにしてくれる。もうこれは見方です。心穏やかな人にこそできることでしょう。桜は虫がよくつきます。緑も紅葉ももっと綺麗な木は沢山あります。落ち葉の扱いも大変です。迷惑に思う人もあるでしょう。でも桜が咲き誇った頃にはここにもここにもと、こんなにたくさん日本には桜の木があったのかと驚きます。やはり桜は日本の木だと感じます。
 「学校の前の道路一面を汚して、私に仕事を与えてくれます」この受け取り方はいかがでしょうか。71歳の主婦です。することがないと言うことはないでしょう。というよりすることがいっぱいでしょう。でもこの言い方です。自分の庭を掃く訳ではありません。公道です。しなくてもいいのです。それを自分の仕事と捉えている。人は本当に様々です。島田さんのようにありたいものです。




2017/01/29(Sun) (第2392話) 新聞配達寺さん MAIL 

 “元日の早朝、ドサッという重い音で新聞が届きました。まだ暗く、外気もジーンと冷えきっているころ。運んでくださる配達員の方々には、本当に頭が下がる思いでいっぱいです。
 私が四十年来、日課にしている早朝ウオーキングの途上、多くの配達員と出会い、声を掛けて励まし合っています。新聞を作る人、それを配る人たちの温かい気持ちに感謝しつつ、毎朝じっくりと時間をかけて紙面を楽しんでいます。
 欧州の古いことわざで、牛乳を飲む人より、それを運ぶ人の方が健康であるというものを思い出しました。牛乳を新聞に置き換え、まさしく至言と思いました。悪天候で、車両の事故の多い時節、どうぞ体に気をつけていただきたいと願っています。”(1月16に付け中日新聞)

 名古屋市の住田さん(男・85)の投稿文です。住田さんの早朝ウォークは40年来と言われるから40代からと言うことになります。当時はまだウォーク、ウォークと言っていなかったと思います。先見の明があるというか、先駆者というか、素晴らしいです。
 そして、新聞配達員の方との出会いがあります。お互い励ましあいの声をかける。こうして絆ができる。こういうのが嬉しいですね。ボクは毎日5時過ぎに起きます。起きるとすぐに新聞を取りに行きます。そして時折、持って来た新聞配達員の方に出合います。「ご苦労様」と必ず声をかけます。
 「牛乳を飲む人より、それを運ぶ人の方が健康」という諺は知りませんでしたが、うまく言うものだと感心します。健康には体を動かすことが一番です。いろいろな健康法が言われますが、体を動かさずに丈夫な体はできません。ボクもこの1年は、手術からその後不具であまり体を動かしませんでした。大分体力が落ちたと思います。落ちきる前に復活させねばいけません。頑張ろう。




2017/01/27(Fri) (第2391話) 「お父さん、ありがとう」寺さん MAIL 

 “ぼくは勉強が苦手です。長い時間かけて勉強しても、いざテストになると、覚えた言葉や文章が出てこなかったり、書き間違えたり、簡単なミスをしてしまって、悔しい思いをしています。
 そんなぼくも中学三年の受験生になりました。夜遅くまで勉強していたら、父が仕事から帰ってきました。ぼくは戻ってきた数学のテストを見せました。あまりよい点数ではなかったので、怒られるかもしれないと、内心ドキドキしました。父は「これだけ空欄を埋められるのは、よく勉強した証拠や」とほめてくれました。その言葉にホッとしました。
 そして真夜中の勉強会が始まりました。間違えた問題のやり直しです。父はすぐに答えを教えようとせず、ヒントを出し、ぼくが一問ずつ解くのを待って、一緒に励ましながら教えてくれました。テスト直しが終わったのは、夜中の二時前でした。「お父さん、ありがとう」。そう伝えたとき、父の目は真っ赤に充血していました。父の仕事は翌日も早く、ぼくの寝ている間に出勤していました。
 ぼくの目指す高校では、情報処理が学べます。父は書類を作るのに苦労しているので、絶対に高校に合格して、今度はぼくが父のサポートができればと思っています。”(1月16日付け中日新聞)

 三重県鈴鹿市の中学生・伊藤さん(男・15)の投稿文です。本当に「お父さん、ありがとう」ですね。でもこういう感謝の言葉を素直に言える伊藤さんも素晴らしいですね。中学3年生がこういう言葉を吐くでしょうか。ボクの娘婿もこういうお父さんをやっています。長男の時は問題集を自分で作り、子供に与えていました。その長男は昨年、希望の高校に入学しました。次男は今小学5年生です。どうしているか、聞いてみると問題集は与えられているようです。ただ父親作成のものではなく、市販や兄のお下がりのようです。でも納得してやっているようです。学校の宿題以外のものをやっているのは、我が孫ながらなかなかのものです。親や兄、いろいろなことが影響しているのでしょう。
 先日娘が来て、大学入試やセンター試験について話していきました。今の時代、全く大変だと思いました。早い時期からの積み重ねが大切でしょう。そして賢明な判断でしょう。伊藤さんのお父さんならきっと良い助言をしてくれるでしょう。




2017/01/25(Wed) (第2390話) 入院生活寺さん MAIL 

 “わが家には、家族が一生懸命折ってくれた千羽鶴が飾ってある。昨年、三ヵ月入院し、二度の手術を受けた時の物だ。
 妻は窮屈ないすに寝ながらも最初の1ヵ月は病室に泊まり、その後はほぼ毎日病院と家とを往復して、私のわがままを聞きながら付き添ってくれた。ベテラン看護師も「私には到底まねできないわ」と言われるほどだった。そして、なかなか良くならない病に負けそうな私を励まし、勇気づけてくれた。「二人で頑張ろうね。絶対に冶るから」。心細い思いを顔に出さず、いつも笑顔で言ってくれた。
 そんな献身的な看護もあって、何とか退院できた。子どもたちも随分心配してくれ、力になってくれた。退院しても元気がない私に、長男は初孫をよく見せに来てくれた。次男は私の退院祝いと復興支援を兼ね、九州旅行に連れて行ってくれた。今年は、家族に恩返ししようと決めている。”(1月10日付け中日新聞)

 愛知県一宮市の神戸さん(男・66)の投稿文です。ご主人が入院手術、奥さんは毎日病院へ通い、家族で千羽鶴を折る。退院しても元気付けるように孫を見せに来たり旅行に誘う心遣い。一大事の時、皆が気遣いし、助け合い、乗り越える、まさにこれが家族ですね。夫婦は、そして家族は人と繋がる最小単位です。一番身近なものです。いくら親しい他人でも家族にはなれません。法律でも他人とははっきり区別を付けています。分かりやすい例では遺産相続などがあります。
 家族は身近なだけに平常時にはいろいろなトラブルもあるでしょう。でもいざとなったら団結する。多くの家族は今でもそうでしょう。ボクも昨年は入院手術をしました。それ程の大事にはなりませんでしたが、妻は本人のボク以上に気を揉んだようです。子供達はあまり何も言いませんが、多分そうだったでしょう。今は家族崩壊も言われています。一般においても、昔より遠くなったかも知れません。でもいざとなったときには、一番身近な存在として、助け合える関係を保ち続けたいものです。




2017/01/23(Mon) (第2389話) 町内会脱会寺さん MAIL 

 “名古屋市守山区の大川孝次さん(八二)はここ数年、四月が来るたび悩んでいた。町内会を継続しようか、脱会しようかと。いつも赤い羽根の募金や盆踊り、子供会の行事のお知らせが回覧板で回ってくる。だが、そのほとんどは自分の生活に関わりがない。年金暮らしで市民・県民税が免除されているにもかかわらず、町内会費が収入の多寡と関係なく一律というのも疑問に思っていた。
 もし脱会したら、奇異な目で見られ、地域で差別されるのではないか。以前、町内会を脱会した人が、収集場所にごみを持っていったら、町内会役員に拒否されたという話を耳にしたことを思い出した。だが、本年度、意を決して町内会長さんに理由を説明して脱会した。わが学区で初めてのことかもしれない。自分で決めたこととはいえ、不安な思いでいっぱいだった。
 さて、七月のある日のこと。組長さんが訪ねてきた。子供会のお祭りのお菓子を持って。地域の習わしで、子どもがいない家にも配ることになっているのだ。大川さんは「町内会に入っていないから・・・」と断ろうとしたがタイミングを失い、つい受け取ってしまった。でも「ああ、仲間はずれにされなかった」とうれしくなった。さらに、九月の敬老の日には、町内会長さんが高齢者へのプレゼントを持ってきてくれた。これには正直のところ参ってしまい、胸の奥から熱いものが込み上げて来た。
 「ひねくれ者にも温かな気持ちで接してもらい、少々反省しています。来年度にはもう一度、町内会に入らせていただこうと決めました」と大川さんは話す。”(1月8日付け中日新聞)

 志賀内泰弘さんの「ほろほろ通信」からです。少し長いですが、全文を紹介しました。町内会は一番身近な社会の組織です。そこから脱会してどうなるのでしょう。そういう人が増えていると聞きます。勘違いが多いと思います。この文から反論と共に思うことを少し書いてみます。
 町内会費が一律におかしいと言われることについて、町内会費に差を付けるほどの資料がありません。今は収入どころか家族構成も知らされません。そして差を付けるほどの大きな会費ではないでしょう。多くは月500円から千円ほどではないでしょうか。役所は、住民参加と言うことで町内会にいろいろなことを押しつけてきます。家族構成なども知らせずにどうやってやれというのか、腹が立ってきます。個人情報保護はいろいろな障害になっていますが、今の時代やむを得ないのでしょうか。
 子ども会や敬老の日のプレゼントがあったと喜ばれているが、これは多分町内会の行事ではなく、他の団体の行事を町内会が協力したと言うことでしょう。いろいろな行事が関係ないと思われていたと言うことですが、このようにそんなことはないのです。ゴミの収集でも町内会が結構負担しているものです。ボクが町内会長をしたときには、烏などの対策ネットを町内会費で買いました。防犯灯の多くは町内会設置です。補助金はありますが、町内会が負担しています。
 間違っていたと気づかれて本当によかったと思います。入らない人がでてきたら、あっと言う間に入らない人が増えていきます。ボクはそういう人を認めてはならないと言い続けています。地域のことを考えると心配事ばかりです。




2017/01/21(Sat) (第2388話) 苦手な合唱寺さん MAIL 

 “僕は歌が下手だ。歌うことは好きだが、おんちだから人前では歌わない。いや、歌いたくない。これまでは毎年、「合唱コンクールなんてなくなればよいのに」と思っていた。僕にとってコンクールは最大の困難でもあったが、昨年十一月のこの前は違った。「歌いたくない」という思いはそのままだったが、「今回は頑張ってみよう」と思えたのだ。
 僕と同じく歌が得意ではない友人二人の存在が大きかった。彼らは、お世辞にも歌がうまいとは言えないのに、大きな声で歌っていた。そんな二人の姿を見ていたら、「歌いたくない」という気持ちが消えた。二つ目の理由は、実行委員の存在だ。彼は朝早く学校に来て練習の準備をし、やる気のない人たちにも絶えず声をかけ続けた。こんな彼の姿勢はクラスの人たちを変えた。日に日に歌声は良くなり、みんなの気持ちもそろい始めた。ぼくも合唱が楽しくなった。
 本気で努力している人は、周りを動かすことができるんだ。今回の合唱コンクールからそう気付いた。”(1月6日付け中日新聞)

 愛知県東浦町の中学生・寺崎さん(男・15)の投稿文です。苦手なことを一つずつ乗り越えながら成長していく、まさに若い人の行動です。好きなことだけをやっていては世界を狭くします。いろいろ挑戦して、その内自分の好きなこと、やっていきたいことが固まっていきます。それが見つかればその道を突き進みます。苦手なことも克服すれ自信になります。そして挑戦は幾つまで続けるのでしょうか。見つかれば終わりでしょうか。
 それがそうにはならないのです。挑戦は幾つになっても続きます。人生は常に変化をしています。その時その歳の状況があります。それにふさわしい人生を作っていかなくてはなりません。それを止めたとき、人生は終わります。実際には終わらなくても生気のない生活になります。生きている限り、可能な範囲で活き活きした生活をしたいものです。93歳の作家・佐藤愛子さんが1月11日の朝日新聞で「何が自分の幸福だと思うかというと、仕事ができる体力が90歳になってもある」と言うことだと語っています。体力と言われていますが、知力も意欲もあったと言うことです。ズッと挑戦を続けてきたと言うことです。
 ボクも今年7月に完全退職する予定です。することはまだありますが、大きな部分がなくなります。何もしなければ体力始めいろいろなものが衰えていくでしょう。替わりのものを増やさねばと思っています。と言っても70歳を過ぎたボクには限度があります。若い人は無限です。寺崎さんはいいことに気づかれました。苦手なことも得意なこともどんどん挑戦して欲しいと思います。




2017/01/19(Thu) (第2387話) とっさの手助け寺さん MAIL 

 “昨年十月に次女が生まれました。二歳児の長女と新生児の二人の育児は想像以上に大変で、てんてこ舞いの毎日です。産休中で日中は、長女は保育園に行っています。しかし自動車の免許を持っていない私にとって、園への送り迎えは大変です。自我が芽生えてきた長女は、先日もバスに乗り込む直前、突然「いや!」と乗車を拒否しました。私は赤子を抱えているし、腕を引くのが精いっぱいで、諦めようかと観念しました。
 ところが、その時です。後ろに並んでいたご婦人が長女をひょいと抱っこして、バスに乗せてくれたのです。うれしかったのか、長女も素直に乗り込み、席に着きました。とてもありかたく、何度もお礼を言いました。
 子育ての大変さが分かっていても、私はここまで身軽には手助けできません。でも、少しの想像力と勇気で私も誰かを助けられるかもと心が軽くなりました。本当にありがとうございました。”(1月5日付け中日新聞)

 名古屋市の放課後児童支援員・森さん(女・32)の投稿文です。今年元日の「話・話」第2378話でもとっさの親切の話を書きました。今回もそんな話です。子供がぐずって困惑しているお母さんをとっさの判断で助ける。小さな子供を2人3人と連れているお母さんを見るといつも大変だな感じます。昔はそんな人はあまり出かけなかったと思いますが、最近はそんな訳にはいきません。核家族が多いし、外に出ないと用事が足せません。社会も整備が進み出やすくなりました。と言っても子供は周りには無頓着ですから元々大変なことです。周りの優しい目と対応が必要です。身軽に助ける、このことをいつも心がけたいものです。




2017/01/17(Tue) (第2386話) 親友と進む人生寺さん MAIL 

 “親友とは保育所からの幼なじみで、向じ小中学校に通いました。高校卒業後はお互い就職し休日になるたびに会って、たわいのない話で盛り上がって笑ってきました。こんな私たちは去年、けんかをして約一年間、お互いの顔を見ませんでした。年が明けた一月、私は彼に心の内を話し、気持ちを伝え、和解することができました。
 その日から、また元のように頻繁に会うようになりました。楽しい時間を繰り返し持つようになれましたが、変わったことがあります。お互い、相手に遠慮をせずに話し合えるようになったことです。相手のためを思って、相手の良いところも、時には駄目なところも、素直に伝え合えるような関係こそが親友なんだと気付きました。
 十二月は私にとって特別な月です。私と親友は一日遠いで誕生日を迎えます。これからも、心から彼の誕生日を祝い、一緒に人生の段階を進んでいけることが楽しみです。”(12月31日つけ中日新聞)

 岐阜市の会社員・島戸さん(男・26)の投稿文です。親友とのけんか、そして仲直り、良かったと言うほかありません。自分から和解を言い出すのはなかなか難しいものです。島戸さんは親友とこのまま別れてしまうことが、残念でならなかった、その想いがこの勇気を出させたのでしょう。仲直りをしてしまえば、お互い必要な友と思っていればより親密になるのは当然です。「雨降って地固まる」とはこのことでしょう。
 人間一人では生きていけません。特に若い時は仕事のことや恋愛や結婚のことなど、次から次へと悩みが出てきます。親や上司など相談できる人もありますが、内容が限られてきます。逆に親や上司のことを相談したいことが多いのではないでしょうか。その時には信頼できる友人でしょう。まさに親友です。ボクも結婚では随分悩みました。その時頼ったのは友人です。その友人とは今でも付き合っています。今まで場合場合に応じていろいろな友人に助けられてきました。そんな友人を大切にしましょう。財産です。




2017/01/15(Sun) (第2385話) 喪中はがき寺さん MAIL 

 “喪中のはがきが届く。誰が亡くなったか記載されていないはがきは気がかりでならず、気安く連絡を取れる相手にはメールや電話で確認する。数年前、故郷の同級生から「息子が交通事故で亡くなりました」と喪中はがきが届いた時は、どうしたらいいものか散々悩んだ。返事を催促する内容ではない手紙なら心穏やかになった時に読んでくれるかと思い、手紙を書くことにした。
 しばらくして届いた返事にはこう書かれていた。「手紙をいただきうれしかった。喪中のはがきを出したら、みんな心配して電話やメールをくれた。訪ねてきた人もいたけれど、まだまだ息子の死を受け入れられないから、ちゃんと対応できなくてつらかった。明美さんからの手紙に心が救われました」
 以来、同様のことに直面したら手紙を選ぶようになった。「哀」に寄り添いたい時、手紙は力を貸してくれると知った。”(12月30日付け中日新聞)

 愛知県清須市の主婦・仲吉さん(61)の投稿文です。「哀」からです。喪中はがきを受け取ったときの対応には悩むものがある。ボクは子供さんを亡くしたとか、特別と思われるときには後日手紙を出すこともあるが、多くはそのままである。先日投稿欄を見ていたら、喪中はがきは限られた親しい人に出すだけがいい、と言う意見があった。いろいろな考えがあるものと思った。
 年賀状も義理や年賀状だけの付き合いの人も多い。喪中はがきが年賀状の縁切れという場合もある。「今年限りで年賀状を失礼します」と言うものも届くようになった。社会から遠ざかれば年賀状も自然減っていく。ボクも最も多かった頃と比べれば半分以下になった。毎年、何枚買うか迷うことも多くなった。しかし、今は自分から出すことを控えることはしない、と思っている。今までくれた人には出す。出しそびれた人には後日でも出す。黙っていても自然減っていく。自分から減らすことはない。減っていくのは相手に任す。わが家は毎年妻と2人で川柳を載せている。ヒョッとしてこの年賀状を楽しみに待っていてくれる人があるかも知れない。今はこの姿勢である。




2017/01/13(Fri) (第2384話) 許せぬ詐欺寺さん MAIL 

 “高齢者を狙う詐欺がますます巧妙化し悪質化している。許せない。私の知人でも、一人暮らしの高齢者が必要のないリフォームを業者に勧められて工事を繰り返してしまった。離れて暮らす家族が気付き、消費生活センターに相談してアドバイスを受け、事後処理に大変苦労されたという。
 高齢者の中には、他人の言うことを疑わず簡単に信用し、だまされたことにすら気づかない方もいるのだ。被害に気づいても「恥ずかしい」「迷惑をかけたくない」などの理由で、誰にも相談しない場合も少なくないようだ。
 「私は大丈夫。だまされないわ」という方こそ、注意が必要だ。家族や周りが日ごろ高齢者の様子を気にかけ見守ると同時に、高齢者本人の問題意識を高める必要もある。家族で詐欺の手口や被害について話題にし、不審な電話や訪問を受けたときの対応の仕方も話し合っていきたい。”(12月29日付け中日新聞)

 愛知県一宮市の嘱託職員・鵜飼さん(男・63)の投稿文です。今回は「怒」からです。詐欺には全く怒りを覚えます。最近は振り込み詐欺など詐欺のニュースが全く多い。詐欺の手口も増えた気がする。いろいろな対策がされている。今年に入って70歳以上の人が1年以上振り込みに使っていない通帳から10万円以上の振り込みができないようにした、というニュースもある。家にいると勧誘電話の多さにびっくりする。ボクが出るとつい話の相手をしてしまって妻によく叱られる。そこでボクは極力出ないことにしている。妻の対応を聞いていると全く見事にあしらっている。妻に出ていてもらえば当分は安心と思っている。しかしいろいろな詐欺にかかる多くは高齢者である。今やわが夫婦も立派な高齢者である。これだけ勧誘が多くては、いつかかるともしれない。その対応策は、鵜飼さんが言われる後半のまとめの部分であろうか。夫婦だけでは心もとない。子供達にも注意を払ってもらうように伝えねばいけないだろう。
 立派な高齢者と書いたが、高齢者を75歳以上とするという話が出てきた。高齢者というのはどんな意味合いであろうか。少し調べて見ると決まった定義はなさそうだ。元気な人だけを見ていれば、75歳どころか何歳でも全く元気である。でも男の健康寿命は71歳という。上げることのメリットデメリットをよく議論して欲しいものと思う。結構影響は大きいと思う。




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